Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “桜さくらvv”
 


日之本の国の“花の王”といえば、桜のことを指すそうで。
(ちなみに中国だと牡丹)
昨今にあっては色んな花が愛でられるからと、
バラのあのゴージャスな作りと香りがいいとか、
ラベンダーの優しい淡紫と匂いには敵うものがないとか、
フリージアのあの甘い匂いのほうが好きとか、
スイートピーの可憐さがいいとか、
胡蝶蘭の品格はどうよとか、
皆様それぞれにベストラブなお花がございましょうが。
そんな風に口になさってなかなか譲らないお人でも、

 例えば…道なりに連なる緋白の花々の織りなす錦の帯。
 風にたわんだ枝がゆったり波打つのへと、
 天女の領巾
(ひれ)の如くに揺れて躍る、
 濃密な花梢たちの夢のような風景とか。

 例えば…スミレの紫を少しほど滲ませた空を背に負い、
 樹齢数百年と謳われる一本桜が、
 堂々とした威容で周囲を圧倒しつつ、
 どこまで深いかという緋色の霞まとって立つ、
 威風ともなう姿の晴れがましさとか。

 はたまた、月から降りそそぐ光のみにて、
 だのに目映いほどにその練白の花びら光らせて、
 視線を向こうから吸い寄せる威力も魔性のうちか、
 春宵を席巻し、人々をすべからく魅了する、夜桜の妖艶さとか。

そういうものと向き合う場に居合わせたなら。
ついのこととて立ち止まり、
うわぁとか ほぉとか唸りつつ、
ついつい見回してしまうこと請け合いで。
清楚なのに、見とれる何か。
ただ数があるってだけでもなく、でも圧倒される何か。
何だかよく判らない、言い尽くせないんだけれど、
日本人の本能とかDNAとかに訴えて来る、
何かを持ってる存在…なのかも?
理屈も何もなしに万人に好かれる花というのの、
そこが王たる由縁なのかも知れませぬ。




      ◇◇◇



さして強くもない風に触れられただけで、
はらはらと脆くも散り落ちるような。
そんな切ない姿を見るのは、
もうちょっと春が進んでからだろうこと思わせる、
すみれの紫紺をほのかに滲ませた青空を背景に。
今はまだその春の入り口付近なればこそ、
満開にはあとちょっとという桜の天蓋見上げつつ、
ほてほてと歩む二人連れ。

 「うあぁあvv」
 「くうちゃん、足元見てないと転んじゃうよ?」

ただでさえ小さな坊やだから、
高い高いところを見上げるには
小さな顎をうんと、
仰のけにしなけりゃ間に合わぬ…ということか。
真上をうんうんと頑張って見上げながら、
ちょこまか歩む仔ギツネ坊やなのを。
書生の坊やがはらはらと気遣う。
こちらさんはその真逆、
足元近くなんてほどではないにせよ、
自分よりも小さな存在を心配げに見やるばかりになっており、
その視線はずっとずっと下へと据えられていて。

 「…面白い相性になっておるの。」
 「まぁな。」

ご当人たちはそれなりに、
夢中だったり心配だったりへ一生懸命なのだろが。
傍から見ている分には、
あまりの可愛さ他愛なさへ苦笑が零れてしょうがない。
大水が出たおりの誘水地というやつか、
川端に随分な広さで平坦な空き地になっている川原があって。
冬場は単なる石くれだらけな河原だったものが、
今の時期は雑草の新芽があちこちで萌え始めつつあり。
しかもそこへと、
なだらかな傾斜
(なぞえ)の上、
そちらは水をかぶらぬ土手の稜線に沿って、
ずんと昔に誰かが植えたか、桜木立が連なっており。
どういう作用か、真っ直ぐ上へと伸びず、
河へと向けてその枝を延べている様が、
夏場はまるで陽よけのようでもあったし。
この時期はその枝が緋色の花で覆われるのが、
さながら天女の衣がたなびくような優美さで。
都大路にはちと遠いが、
その分、こういう郊外の名所には間近いのが、
場末の屋敷住まいの大いなる利点。
まだあまり人には知られていない穴場の名所、
一番乗りにて此処の河畔での花見を堪能するのが、
ここ数年の陰陽師殿らの習慣になりつつあり。

 “ま、知ってる奴は案外と他にもいるのかも知れんが。”

但し、此処の桜がこの様子だということは、
宮中の今帝や東宮が愛でておいでの銘木たちも、
文字通りの今が盛りを迎えている時期であり。
当時の“花見”は桜に限らず、
梅でも藤でも菖蒲でもよかった…とはいえ、
花王がこうまでの麗しさで、
咲きそろっているのを観ない手はない。
よって…という宴へのお誘いが公達らへは飛び交っており。
招かれた当主は勿論のこと、下々に至るまで、
粗相が無いよに、且つ、他のお屋敷には負けるまいぞと、
装いや土産へと凝る争いに忙しく。
こんなのほほんとした花見なぞ、思いつく暇さえ無いのでは。

 「そういや、いつだったか、
  お使いだろうどこぞかの童子が通りかかって、
  こんな場末で花見とはと、
  鼻先で笑ってたのがちょっとムッとしたなんぞと、
  あのセナ坊が話しておったが。」

 「ああ、あれな。」

そっちは別の、
そうそう梅を観にと福梅を栽培している畑の周縁、
放ったらかしになってる林の満開ぶりを観ておった折のこと。
中でも随分な樹齢の枝垂梅
(しだれうめ)が、
花の密度といい馥郁とした香りの濃厚さといい、
それは逸品だったの、
蛭魔へと教えたのが葉柱だったため。
他はどうでも此処の話だけは誰にも洩らすなと、
お館様からの箝口令が下っていた穴場での梅見。
なので尚更、
此処が一番きれいなんだとの言い返しが出来ず、
胸の内にて地団駄踏んだセナだったらしかったのだが。

 「その話には続きがあんだ。」
 「続き?」

おやと、切れ長の目許を少しほど見張った葉柱へ、
半分は思い出し笑いだろう、くっと喉を鳴らし笑って見せた術師殿。

 『いいなあ、蛭魔くんてば。』

その童子からの伝言だろう、
主人に当たる貴族の誰かさん。
あの小生意気な神祗官補佐殿は、
それは質素な梅見を楽しんでいたらしいと。
さも風流ではないような言い回しをし、
帝や東宮にも聞かせつつ、
嘲笑の種にしようと持ち出したらしかったのに。
その宴の場に、実をいや…東宮が丹精した梅の鉢も並ぶ予定だったのが、
冷害にやられて出せなんだこと、
明かされる前だったという間の悪さに加えて、

 『何度お誘いしても応じてくれないと思ったら。
  そんな穴場を身内だけで堪能していたとはね。』

そりゃあ楽しかろうし、
人の気も知らずの発言聞かなきゃならないこっちには、
成程来れまいよね、なんて。
まだ東宮なればこその、
“こちらこそ言いたい放題してすいません”的な、
大上段からのお言いようをかぶせられ。
すっかりと株を下げてしまったらしいという顛末を、

 「神祗官殿ンとこの陸とかいう坊主から聞いたんだと。」

それですっかりと溜飲を下げてるから、案じてやらんでもいいと。
こちらさんはこちらさんで、
邪妖の一門の総帥とも思えぬ心くばりをたまにする、
気のいい侍従殿へと教えてやって。

 「おやかまさま〜〜っ♪」
 「あっ、くうちゃんっ。走ったら危ないって。」

ゆるやかだとはいえ傾斜になってる河原へと、
駆け降りてくる小さなお連れ。
運んで来たお酒の入った手桶で両手が塞がっており、
手を引いてやれないのが焦れったかったらしい、
セナの杞憂を大きく他所にし、

 「うきゃ〜〜っvv」

それは楽しげに駆けて来たおちびさんが、

 「……っ、あ☆」

あ〜あ、とうとう株か何かへつまづいたけれど、
て〜んとその身が撥ねた先には、
受け止めようと手を伸ばす葉柱や、
座っていたそのまま後ろざまにばったり倒れ込んで、
やはり“おいで”と腕伸べた蛭魔がいたから、まま大丈夫。
すぐあとから賄いのおばさまも、おいしいお弁当持って来てくださるので、
楽しいお花見、さぁさ始めましょうvv





  〜Fine〜  10.04.06.


  *何だかややこしいお天気に翻弄されまくりの春休みでしたが、
   それでもいよいよのお花見日和ですねぇ。
   名所は各地に色々ありますが、
   神戸だったら、
   須磨浦公園とか夙川、王子公園というところかな?
   (阪急沿線&山陽沿線には まず外れはありませんぜvv)
   東京の千鳥が淵の、池へと垂れる桜の風景は、
   テレビでしか見たことないんで憧れますね。
   憧れるといや、青森の弘前城の桜も見事だそうで。
   おら、いつか弘前サ行くさvv

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